多くのワインファンが、もっとも有名な辛口白ワインとして一度は経験するシャブリ。だが有名であることは、ときに諸刃の剣。知名度があがるにつれて、愛好家の関心はシャブリから離れていった。しかしシャブリは、今こそ立ち返りたい狙い目のブルゴーニュなのだ。その理由とは?
一世を風靡したシャブリ
シャブリ。長々とした名前のフランスワインが多い中、外国人にも覚えやすい簡潔な呼称。くわえて「フランスを代表する辛口白ワイン」という明確なキャッチ。少し掘り下げると、「品種はシャルドネのみ」という潔さ、また「カキの化石がゴロゴロする特殊な土壌」というのはオリジナリティがあり、そして「シーフードとピッタリ合う」という分かりやすさも嬉しい。世界的な人気を博す要素をふんだんに持っている。
シャブリの起源は9世紀頃からとされている。12世紀に本格的にシャルドネが植えられると、その味わいはすぐにパリで人気となり、15世紀にはイギリスやベルギーでも販売された。その後は多くのフランスのワイン生産地と同じく、歴史の変動やフィロキセラの災禍により発展と衰退を繰り返すが、つねに「辛口の白ワインと言えば、シャブリ」というイメージをキープしている。
このイメージはアメリカのワインのネーミングに、よく現れている。禁酒法の時代より遥か前から、アメリカ産のワインにはヨーロッパのワインを想像させる名前(いわゆるジェネリック・ワイン)が大流行した。その代表格が「カリフォルニア・シャブリ」。アメリカの市場人気は徐々にジェネリック・ワインから、「品種名を表示したワイン」へと移り変わっていくのだが、このことがシャブリの命運を分ける一因となる。
シャルドネ・ブームの光と影
ブルゴーニュワインの堅実な消費者であり、古くからの理解者であるのが近隣のベルギーやイギリスであるとすれば、特定の産地や生産者へスポットを当てて、爆発的なブームを巻き起こすのはアメリカである。1970年代のアメリカでは品種名ワインが優勢となり、ジェネリック・ワインは「安酒」のイメージが強くなっていく。そして人気の品種名ワインとして先陣を切ったのはシャルドネだ。80年代は世界を魅了するシャルドネ・ブームが起こり、ブームはシャブリへも大きな恩恵をもたらした。だがブームが盛り上がる中アメリカが、すでに高級ワインとしての名声を確立していた「モンラッシェ系」や「シャルルマーニュ系」に次ぐ新しいエースとして見出したのは、名前を使い古された感のあるシャブリではなく、ムルソーだった(今でこそムルソーの地位は高いが、当時は販売経路すら持たない生産者が多かったのだ)。
「ブルゴーニュの要は、コート・ドールにあり」というアメリカ先導の認識が、市場にじわじわと広がっていく。
もちろんブームには国によって時差があるので、「シャブリ」とさえ名乗れば売れる時代は続いた。だが玉石混交であること、ましてや産地すら曖昧なことは、消費者に混乱を招いた。90年代、百貨店でワイン担当者として販売していた頃を思い出す。ブルゴーニュワインを「生産者、ヴィンテージ、畑の違い」で選ぶお客さまが増える中、そのような基準でシャブリを選ぶお客さまは本当に稀で、「フランスのシャブリですか?それともカリフォルニアのシャブリ?」と確認しなければならないことも珍しくはなかった。
そして少なからぬシャブリの生産者が、知名度にあぐらをかいたのも事実だろう。2000年代初頭の畑の状態は、明らかにコート・ドールより遅れを取っていた。ビオロジックはごくごく少数派で(気候的にビオロジックが難しい産地ではある)、機械収穫が大半を占め(機械収穫も大幅なコストカット以外に、品質的なメリットもあるのだが)、よって選果も行われない。だがそこにこそ、シャブリのポテンシャルの高さを感じた。コート・ドールのトップ生産者よりは恐らく栽培レベルが低いであろう畑から生まれるワインも、多かれ少なかれシャブリの個性を発揮しうる。ではシャブリの生産者が本気になったら?間違いなく、素晴らしいシャルドネの世界が繰り広げられるはずだ。
イギリスも熱視線
言うまでもなくシャブリにも比類なき生産者はすでに存在し、テロワールを最大限に生かした品質は異次元に高い。だがコート・ドールの超有名なワインと比べると、まだ手が届く価格に留まっている。そして秀でた生産者を追随するように、次世代の活躍が目覚ましい。コレクター・アイテムになってしまったコート・ドールを見切り、真っ先に今日のシャブリへ熱い視線を送るのはイギリスだ。イギリスでの2015年のシャブリの輸入量は、前年度比で20%以上もアップ。デイリーなワインから、特別な日を楽しむワインまで揃う幅広いラインナップが重宝されている。一貫したシャブリらしさを持ちつつ、スタイルも多様化し、アペリティフから肉料理まで合うものを見つけられる。
今やシャブリはブルゴーニュの飛び地ではない。孤高の銘醸地と呼ぶべきであり、しかも飲み手を受け容れる懐はとんでもなく深いのだ…!
Text : Akiyo HORI
Special Thanks : Mineo TACHIBANA
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